◆「音楽学専攻生のみなさんへ」

音楽学専攻生のみなさんへ」 大阪音楽大学音楽学専攻情報誌「音楽畑」2006年春号<講師紹介>より

 今年から「音楽学講義B」「短大音楽史(世界と日本の音楽を考える)」を担当しています谷正人です。自己紹介については、音楽学専攻ウェブページの「卒業生の声」コーナーにも寄稿させて頂いたので割愛し、この場では私から音楽学専攻生の皆さんへ、どうしても伝えておきたいメッセージを書き記すことにします。

 それは、在学中に少なくともひとつは「お気に入りの論文」を見つけて欲しい、ということです。例えば演奏専攻の学生には、自分の演奏を磨くうえで参照点となるような「お気に入りのCD(録音)」が当然あるはずです。ならば同様に音楽学専攻の学生にも、自らの専門である「書くこと」に関してバイブルとなるような「お気に入りの論文」があっても良いはずです。

 もちろん近年では、音楽の現場に通用する人材の育成など、音楽学専攻に求められているものは多様化しています。しかし個人的には、音楽学専攻とはやはり最終的には「書くこと」を磨き、またその成果を誇るべきところではないかと考えています。

 自分が直感的に感じ得たことについて、それを説得的に文章で表現するのは確かに難しいものです。しかし、音楽学のみならず広く学問全体に目を向ければ、その「うまく表現できない何か」が絶妙に表現されている、「これこそ自分が言いたかったことだ!」と思えるような記述はいくらでもあり、それに説得されている自分に気付いたりします。

 つまり「お気に入り」となり得る論文とは、そのような言葉にしにくい何かを言語化するうえでのヒント・工夫が随所にみられるような論文のことなのであって、それは決して、ショパンノクターンを研究しようとする人が、彼のノクターンについての詳細な「情報」を得るためだけに論文を読んでいては出会えないものなのです。

  乱暴な言い方かもしれませんが、そのような論文に出会い、門外漢であるにもかかわらず自らがそうした記述に説得されるという経験さえ持てば、論文を書くうえで必要なことは芋づる式に付随してくるのではないかという気さえしています。ぜひ、自分の研究対象とは別の分野の書きものにもひろく目を向けて、そのような記述に出会ってみて下さい。